労働基準監督署の是正勧告
是正勧告とは、労働基準監督署が企業を監督した際に、法令違反に該当すると判断した事項があった場合に行われるものです。もっとも、これは勧告であり、是正事項があったからといってすぐさま罰則が科されるものではありません。しかし、法令違反が明白であるにもかかわらず改善の意思がみられない場合は、送検され起訴される場合もあるので、慎重な対応が必要となります。罰則については、労働基準法に定めがあります。
労働基準法では、労働基準監督署長に対し、臨検(監督官による立ち入り調査のこと)、尋問、許可、認定、審査、仲裁等の権限を付与し(99条3項)、個々の監督官についても臨検、尋問等の権限を付与する(101条)とともに、労基法違反の罪について司法警察官の職務を行う(102条)と定めています。
労基法に違反した場合、送検、刑事処分ということになりますが、是正勧告が行われる(是正勧告書が交付される)のが一般的です。また、法違反はないけれど改善が望ましい場合には指導表が交付されることになります。
臨検において指摘され、是正勧告を受けるものとしては、次のようなものがあります。
違反事項 | 法条項等 |
労働契約の締結に際し、労働契約の期間、所定労働時間、休日、賃金等規則で定める書類について、書面を交付していないこと。 | 労基法15条 |
労働者代表との書面による協定を締結することなく、社宅使用料、生命保険料などについて控除を行っていること。 | 労基法24条 |
時間外労働に関する協定を届け出ることなく労働者に時間外労働を行わせていること。 (労基法36条に基づく協定時間を超えて時間外労働を行わせていること。) | 労基法32条 |
1ヶ月単位の変形労働時間制を採用しているにもかかわらず、労使協定の締結及び労基署への届出がされていないこと。 | 労基法32条の2 |
フレックスタイム制を採用しているにもかかわらず、労使協定の締結がされていないこと。 | 労基法32条の3 |
1年単位の変形労働時間制を採用しているにもかかわらず、労使協定の締結及び労基署への届出がされていないこと。 | 労基法32条の4 |
時間外労働、休日労働、深夜労働に対し、法で定める率以上の割増賃金を支払っていないこと。 労基法41条の適用を受ける管理監督者とは認められないものに対し、法定時間外労働に対する割増賃金を支払っていないこと。 | 労基法37条 割増賃金令 |
対象業務、対象労働者、みなし時間、有効期間等を定めた労使協定を締結し、監督署へ届出していないにもかかわらず、専門業務型裁量労働制を導入していること。 | 労基法38条の3 |
「対象業務が存在する事業場」でないにもかかわらず、企画業務型産量労働制を導入していること。 | 労基法38条の4 |
労使委員会での決議が行われた日から起算して6月以内ごとに1回、所定様式により所轄労働基準監督署長へ行う定期報告をしていないこと。 | 労基法38条の4 |
常時10人以上の労働者を使用しているにもかかわらず、就業規則を作成していないこと。(変更しているにもかかわらず届け出ていないこと。) | 労基法89条 |
就業規則等を常時各作業場の見やすい場所へ提示し、又は備え付けていないこと。 | 労基法106条 |
賃金台帳に労働日数、労働時間数、時間外労働時間数、休日労働時間数、及び深夜労働時間数等、施行規則54条に定める事項を記載していないこと。 | 労基法108条 |
常時50人以上の労働者を使用する事業場であるにもかかわらず、衛生管理者の選任を行っていないこと。(なお、選任後は遅滞なく報告すること。) | 安衛法12条 安衛則7条 |
常時50人以上の労働者を使用する事業場であるにもかかわらず、産業医の選任を行っていないこと。(なお、選任後は遅滞なく報告すること。) | 安衛法13条 安衛則13条 |
常時50人以上の労働者を使用する事業場であるにもかかわらず、衛生委員会を設置していないこと。 | 安衛法18条 安衛則23条 |
常時使用する労働者の雇入れ時に健康診断を行っていないこと。 | 安衛法66条 安衛則43条 |
常時使用する労働者に対して1年以内ごとに1回、定期の健康診断を行っていないこと。 | 安衛法66条 安衛則44条 |
常時50人以上の労働者を使用する事業場であるにもかかわらず、定期健康診断結果報告を労基署に提出していないこと。 | 安衛法100条 安衛則52条 |
是正勧告にはこのようなものがありますが、なかでも、法定労働時間に関する違反(36協定未提出)、就業規則未作成、割増賃金不払いが是正勧告として多く見うけられます。
法定労働時間に関する違反は、36協定なしに1日8時間、1週40時間を超えて労働させていたり、36協定を締結していてもその限度時間を超えて労働させていたりする違反です。
就業規則については、常時使用する労働者が10人以上である事業所は作成し、労働基準監督所に届け出なければならないのに、作成していなかった、もしくは届け出ていなかったという違反があります。事業所単位で、常時使用する労働者が10人を超えれば作成・届出の義務が生じるわけですが、この10人は正社員だけでなく、パートやアルバイトを含む点や、原則として事業所ごとに届け出なければならないという点に注意が必要です。
割増賃金不払いの労基法違反も大きな問題です。割増賃金が不払いになっていると、場合によっては過去2年間に遡って賃金支払いが発生してしまい、会社にとっては大きな痛手となります。日頃から、適正な労働時間管理を徹底することが必要です。
臨検により、是正勧告所や指導表の交付を受けた場合は、指定された期日までにその状態を是正、あるいは改善したうえで、是正報告書(指導表のみの場合には「報告書」)により、是正、改善の状況を報告しなければなりません。この場合、必要に応じて証拠資料や参考資料を添付し、その状況を正しく報告することが大切です。
また、是正を指摘された事項によっては、労働時間制や賃金体系など、会社の人事・労務に関する制度を大きく見直さなければならない場合も考えられることから、その場しのぎの対応ではなく、専門家に相談するなどして、しっかりとした是正、改善を行うことが求められます。
なお、最近は年々是正勧告件数が高止まりしています。
この労働基準監督署の取締り強化の背景(要因)には大きく分けて次の2つの要因があるようです。
- 労働者の健康保持の為の長時間労働・サービス残業取締り強化の要請
あの有名な電通事件(うつ病による自殺と長時間労働の因果関係が認められ、会社が遺族に1億6,800万円を支払って和解した事件)を契機に、「企業の社員に対する健康配慮義務違反」を理由とする損害賠償支払を命じる判決が続発し、それらのほとんどが違法な長時間労働や残業代不払に起因している為、労働法令遵守を掌る労働局及び労働基準監督署の存在意義が問われ出しました。
- 労働者側の権利意識の高まりによる申告や内部告発の増加
過去の分に遡及した多額の未払残業代一括支払事例などが新聞紙上で数多く報道されている影響もあり、会社を辞めた社員が過去の残業代未払などを労働基準監督署に申告するケース、又は現社員が労働基準監督署に内部告発するケースが実際に増加しています。
このような是正勧告の増加の背景より、労働時間管理・割増賃金支払・健康診断実施などに対する監督強化は、企業の社員に対する健康(安全)配慮義務違反事件多発の流れの中から生じた“取締り強化に対する社会的要請”に基づいている、ということをよく理解する必要があります。
したがって、今まさに労働基準監督署の事業所調査や臨検を受けようとしている場合は、表面的な労働法令遵守でお茶を濁そうとするのではなく、社員の健康障害防止という視点を持った対応姿勢で調査や臨検に臨む、ということが最も重要です。
実効性のあるコンプライアンス体制を確立し、是正勧告を受けないような会社を目指すこと、もしくは、是正勧告を契機に、自社のコンプライアンスに対する姿勢ついて見直してみることが重要であるといえるでしょう。
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2014-08-07 (木) 08:27:58
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